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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第4節 挑戦状にはジョーカーを添えて [1]




 いつもの道。表通りからの明かりが中途半端に差し込んだ、暗闇でもなく、かと言って明るくもない裏路地。いや、奥へ奥へと進むほど、やはり暗くはなっていく。人気(ひとけ)はない。
 そんな、いつもと変わらぬはずの路地の途中で、霞流慎二は立ち止まった。
 いつもなら立ち止まらない。揺れるように、歌うように、酔っているのではないかとも思えるゆったりとした足取りで、どこかの裏口もどき扉を開ける。
 だが、今日は違う。
 慎二は立ち止まった。人影が入り口を塞いでいるからだ。
 正しく言えば塞いでいるワケではない。扉から少しずれて立っている。陰になって見えない頭部が反応した。
 慎二は切れた瞳を細めた。
「誰かと思えば」
 つまらなさそうに口を開く。
「君のような人間が、このような時間に寄る場所ではありませんよ」
 優雅な、品の良い慎二の声音に美鶴は微かに唇を引き締める。
「家へお帰り、子猫ちゃん」
「聞きたいことがあります」
 まるで慎二の言葉など聞こえなかったかのように、美鶴が返す。
「聞きたい事? 私に?」
 柔らかに笑う。それは、美鶴の良く知っている、出会ってから今まで、幾度となく見てきた美鶴の良く知る霞流慎二。
「私には、君に教えられる事などありませんよ」
「いえ、あります」
 美鶴の毅然とした態度に、慎二の涼しげな表情が少しだけ歪む。ほんの少しだけ。少しだけ妖しく、少しだけ虚ろに。
「何ですか?」
「返事をください」
「返事?」
「そうです。私の事をどう思っているのか、教えてください」
 美鶴の言葉に慎二はしばし口を閉じ、だが次にはクククッと喉を鳴らした。最初は忍ぶように、だが次第にそれは大きくなり、引き攣るような音が喉から這い出してくる。そうして最後には本当に笑い声となって闇に響いた。
「おもしろい冗談だ。笑えるよ」
 好きなだけ笑い、乱れた呼吸の合間を縫うように慎二は言う。
「返事だと? そんなモノはいらないと言ったじゃないか」
「気が変わりました」
 笑う相手にも表情を変えず、美鶴は真顔でキッパリと答える。
「一ヶ月も経つと、気が変わることもありますよ」
 悠然と口にする相手の態度に、慎二の顔から笑顔が消える。逆に浮かぶのは歪んだ微笑。
「しつこいね」
 粘りと侮蔑を含んだ低い声。
「これだから女は嫌いだ」
 顎を上げ、相手を見下ろす。薄色の髪が一房跳ねる。
「君は違うと思っていたが、どうやら結局はそこらの女どもと同じだな。あれほどこっぴどくやられて、それでも尚、俺に媚びるか」
 ウザい。
 美鶴を見下す視線は卑陋(ひろう)低劣(ていれつ)。暖かい陽射しも京都のせせらぎも似合わない。
 そんな相手に、美鶴は軽く拳を握った。
「答えになっていません」
 わかっていた。このような視線を向けられる事ぐらいわかっていた。だが、わかっていてもやはり辛い。
 霞流さんは、やはり本当の彼はこのような人間なのだ。相手を、女性を侮蔑し、浅慮で狡猾だと決めつけて見下す。そういう人なのだ。
 わかっていた事だ。
 言い聞かせ、その現実から目を背けたいと思う心に鞭を打つ。
「答えてください。私の事をどう思っているのか」
 知りたい。そう思う。
 自分はどうしたいのか。ずっと考えていた。自分は、本当に霞流さんを諦める事ができるのか。
 霞流さんの過去を知って、自分と重なる部分を知った。自分が霞流さんを好きになってしまったように、霞流さんもまた、もう一度誰かを好きになる事ができるのではないか。そんな期待も持った。
 そんな期待を持って、霞流に傷つけられた女性を何人も見てきたと、智論は言った。誰にも、慎二を変える事はできないと。
 変える事はできないのだろうか?
 諦めきれなかった。
 どうして?
 考えて、ツバサの横顔を見て、美鶴は思った。
 霞流さんを変えるとか、諦めるとか、そんな事よりももっと知りたい事がある。納得できない事がある。
 霞流さんは、自分の事をどう思ってくれているのだろう?







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